AIに仕事を奪われる…?
── AIの驚異的な進化は、私たちにそんな不安さえ抱かせます。人間が文章を書く必要はないと言われつつあるなかで、書くことの意義をどう見出せばいいのでしょうか?
この難解な問いに真正面から向き合う方がおられます。朝日新聞元校閲センター長であり、文章コンサルティングファーム「未來交創」代表の前田安正さんです。
10万部超のベストセラー『マジ文章書けないんだけど』をはじめ、著書累計は30万部を超えます。その文章のプロとしての知見と洞察力が、新刊『AIに書けない文章を書く』(プリマー新書)で詳しく解説されています。
AIには決して到達できない、人間ならではの文章力とは何か?本書では言葉の本質を解き明かし、テクノロジー時代に書くことの真価を提言しています。今回は貴重なお時間をいただき、前田さんから「AIにマネできない文章術」をテーマに伺いました。
AIに仕事を奪われるか不安を感じている方、そして自身の言葉で未来を切り開きたい方へ必読の内容です。
似て非なる「文章」と「文書」
――前田さんの新刊『AIに書けない文章を書く』ですが、この本を書こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
最近はAIが急速に発達してきて「AIに任せれば、あっという間に文章が書ける」という話が巷にあふれている気がします。でも本当にAIは文章を書けるのかと思ったのです。
私は辞書を引く習慣がありまして「文章」という言葉を調べたら「話し手や書き手の思考・感情をほぼ完璧に言い尽くす一連のもの」と書いてありました。
では、AIは思考や感情を持っているのか?と考えると、持っていないですよね。いろんなものを組み立てて感情らしいものは出せるかもしれませんが、AI自身の感情ではありません。
それから「文章」と似た言葉に「文書」があります。文書は書きつけ。または書類という意味です。ビジネス文書とは言いますが、ビジネス文章とは言いません。
つまり、文書には感情や思考を特に必要としないものもある。たとえば、会議録をまとめるのに感情を入れる必要はありません。淡々と書けばいいからAIの得意領域といえます。
一方、我々が考えていることをAIは理解できません。だから、AIには文書は書けても文章は書けないのではないか。そこで「文章って何だろう?」と立ち返り、この本を書いてみようと思ったんです。
――日常的に辞書を引いておられることに驚きました。今はなんでもググったりしますよね。文章と文書の違いも初めて知りました。
「文は人なり」という言葉があります。文章を書いていくと、人柄が現れる。文章で何を書いていくかといえば、皆さんご自身のことを書かれているだろうと思います。
つまり自分の内側にしかないものを書こうとしている。これは文書とはまったく違うものです。
AIに書けないものをどう書いていくか?そもそも私たちが使っている言葉は本当に正確にものを言い表しているのだろうか?そういったことも考えました。
言葉の曖昧さが人間らしさを生む
――言葉を正しく使えているか?と自問したことがなかったです。
私の部屋には辞書がたくさんありますが、辞書を「引く」とはあまり言わず「読む」と言うんです。辞書を読み比べると、いろんな解釈が出てきます。
伝統的な表現を重視する辞書もあれば、新しい言葉をどんどん取り入れていく編集方針の辞書もある。実は言葉自体にも曖昧なところがあります。
たとえば、方角の「北」。北はどう表現するかというと「東を向いて左側の方」と言います。では東は何かというと「お日様の出る方角」だそうです。
しかし、お日様の出る方角は1年を通じて変わります。このように、私たちはすごくアバウトな感覚の言葉を使いながら、ほぼ不完全なことを伝えています。誰も完璧には伝えられないのです。
日常会話において「なんとなくわかったよね」というレベルでしか物が言えない。このもどかしさがあるんじゃないかと思うのです。
――日の出の方角ですら、確実とはいえないのですね?
見た姿そのままを表現している漢字ですら、実は曖昧なところがあります。
たとえば、「山」という漢字を見ると、頂上が三つあるような形になっています。でも日本の山でそんな形の山は少ない。富士山のように一つの頂上があるような山が多いです。
実は「山」という漢字は中国の山のイメージなのです。中国の山水画に見られるような、切り立った岩山を表しています。日本には「やま」という言葉が元々あって、そこに漢字を当てはめたわけです。「岡」や「丘」との違いも明確ではありません。
このように、いかに私たちは曖昧な表現をしているか。そして、言葉巧みに使いこなしているかの不思議さに出会います。おそらく、AIはそこまで深く考えていないでしょう。
AI時代に必要なことはデジタルとアナログの共存
――今回の新刊を読んだ読者には、どのような行動をとってほしいですか?
これをしてほしいというお願いは特にありません。ですが、ほとんどのライターはWebで文章を書いていると思われます。調べたものに対して、AI で書いた文章をGoogleなどの検索エンジンによって上位に表示する仕組みになっている。そこに疑問点を持てるといいですね。
私はこの現象を 「AI のマッチポンプ 」と呼んでいます。
この循環の中に人間の介在が必要ではないでしょうか。自分の意見が書けるようになると、文章に厚みが増すと思います。
――今後、AIを活用していくライターに向けて具体的なアドバイスはありますか?
デジタルとアナログをうまく使い分けてほしいと思います。そのなかで時間があれば、全部AIに頼るのではなく自分の手だけで書いてみることをおすすめします。
週に1回くらい、400字程度でいいので、自分の手で書く。どうしても時間がないなら1行日記を書くだけでもいいですね。私も寝る前に必ず何か書くようにしています。高校時代からずっと続けていることです。
そうすることで感性というか、ものの見方が変わってくるはずです。
AIを使いながら仕事をしていると、パソコンの画面の中だけで考えがちです。だけど、外にはいろんな世界があります。そういうものを感じる気持ちがないと、心が満たされないと思いますね。
結局、何のために書いているのか?という疑問にぶつかるかもしれません。
――昔ながらの新聞を読むことも重要でしょうか?
そうですね。新聞は140年の歴史がある媒体です。明治の初めから続いているメディアで、時代に応じた書き方がされています。私も会社に入った頃はほぼ1日中、いろんな新聞を読んでいました。そうすることで、文章の呼吸や流れのようなものが自然に身につきました。
――そのほかには、どのようなことを実践すればいいでしょうか?
気に入った文章を書き写す練習をおすすめします。私は高校時代、好きな本の一節を原稿用紙に万年筆で書き写していました。偶然、母が私の原稿を読んで「あんた文章うまいわね!?」なんて言ってましたよ。
そういう活動を通して、文章のリズムを体得できると思います。
良い本を出すために嫌われる勇気をもつ
――朝日新聞の元校閲部長であられた前田さんが、校閲をする際に「たくさん指摘したら相手に嫌に思われるかも」と気になったことはありますか?
(※インタビューに際して、読者からの事前質問にお答えいただきました)
私自身そう思ったことはありませんし、遠慮して間違いを見逃すくらいなら、思い切って指摘すべきです。もしそれが間違った指摘だったとしても、その周辺に別の間違いが隠れていることもあります。
「間違いの近くに間違いあり」という格言があるくらいです。校閲の仕事は「拙速」が美徳なのです。遠慮せずに指摘することを心がけてください。
ですから良い本を出すためには、人に好かれようと思ってはいけません。
嫌われてナンボと思った方がいいです。特に初稿のうちなら修正は容易ですが、ゲラの段階で大きな問題が見つかると非常に難しくなります。
――なるほど、最終的な目的は良い本を出すことなのですね。
そうです。皆が同じ目的意識を持っていれば、自分がどう思われるかなんて二の次。出版物に関しては、著者・編集者・校閲者が一体となって良い本を作り上げることが大切です。
文章は自分を深掘りする財産
提供元:文章コンサルティングファーム未來交創HPより
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
AIの時代だからこそ、自分の手で文章を書く価値があると思います。デジタルとアナログ、両方の世界を行き来することで、より豊かな表現ができるようになるでしょう。
自分の考えや感情を文章にすることは、自分自身を振り返り、深掘りする貴重な機会になります。本や新聞を読み、気に入った文章に触れ、そして自分でも書いてみる。そんな体験を通して、言葉への感性を磨いていただければ幸いです。
――本日は大変お忙しいなか、貴重なお話をしてくださりありがとうございました。
インタビューを終えて
前田安正さんの豊富なご経験と新刊『AIにかけない文章を書く』から数多くの学びを得られました。
テクノロジーが進化する現代においても、人間の書く文章には独自の価値があります。前田さんによれば、文章とは本質的に人間の思考や感情を表現するものである。AIにはその深層を十分に捉えることができないそうです。
AI時代に価値ある文章を生み出すための実践ポイントとして、前田さんは次のことを提言されています。
AIによる文章に疑問を持ち、人間の思考を介在させる
AIを過度に依存せず、手で書く習慣を通して感性を磨く
新聞などアナログな媒体から言葉の使い方を学ぶ
これらの実践を通して、AIにはマネできない、人間らしい豊かな表現を追求することが、これからの時代の文章力の核心となるでしょう。
『AIに書けない文章を書く』は3月10日に発売されました。今回のインタビューでは、語りきれなかったAI にマネできない文章術について、より深く書かれています。気になった方は下記の書籍をタップすると、ご購入いただけます。

AIに書けない文章を書く (ちくまプリマー新書 485)
記事:二ツ矢たつき